東京高等裁判所 平成3年(行ケ)80号 判決 1993年9月28日
山梨県東山梨郡勝沼町菱山4730番地
原告
山梨薬研株式会社
代表者代表取締役
今村英勇
訴訟代理人弁護士
板井一瓏
同
中山徹
東京都台東区松ケ谷4丁目28番3号
フラットMK702
被告
坂口博司
訴訟代理人弁護士
中村稔
同
雨宮定直
同
宮垣聡
同弁理士
串岡八郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成2年審判第3172号事件について平成3年2月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「ドクダミの脱臭方法」とする特許第1435445号発明(昭和54年6月23日、出願、昭和59年2月20日、出願公告、昭和60年1月7日、手続補正、昭和63年4月7日、設定登録。以下この発明に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である。原告は、平成2年3月2日、被告を被請求人として、特許庁に対し、本件特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成2年審判3172号事件として審理した結果、平成3年2月14日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
2 特許請求の範囲第1項の記載(以下、この発明を「本件発明」という。)
生ドクダミを粉砕して液状物を得、該液状物に炭素源を加え、これに酵母菌を接種し、醗酵させて得られる混濁液を濾過することを特徴とするドクダミの脱臭方法。
3 審決の理由
審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりである。
4 審決を取り消すべき事由
本件特許の特許請求の範囲第1項に示す構成を実施しても、生ドクダミ臭が除去されることはないから、本件発明は実施が不能であり、特許法29条1項柱書にいう「産業上利用できる発明」に当たらない。しかるに、審決は、本件発明は実施可能であるとの誤った判断に基づき、本件特許を有効としたものであるから、取り消されるべきである。
(1) 本件発明の技術的意義の把握に当たっては、特許請求の範囲第1項に記載された「炭素源を加え」との部分を除外して考えるべきであるのに、これを必須要件として捉えたうえ、本件発明が特許法29条1項柱書の「発明」に該るとした審決の判断は誤りである(取消事由1)。
本件の公告公報(甲第2号証)の3.本件発明方法の実施例(a)の記載では、培地の対象とされたのはドクダミ搾汁液そのもので炭素源たる糖も、酵母も接種されていない。同(b)の記載では、培地の対象とされたのはドクダミ搾汁液に砂糖を添加したもので、酵母は接種されていない。しかるに、(a)、(b)のいずれの実施例によっても、「ドクダミ特有の臭気を全く有さない透明液体」が得られたと記載されている。上記記載によれば、出願人(被告)自身、炭素源の添加による酵母とのアルコール醗酵はドクダミ臭の除去には関係がないことを自認していることを示すものである。したがって、炭素源の添加による酵母とのアルコール醗酵は本件発明の技術的事項に含まれていないと解すべきである。しかして、本件特許の訂正公報(甲第3号証)においては、上記実施例(a)、(b)が削除され、特許請求の範囲第1項に「炭素源を加え」が要件として挿入されたのであるが、特許法64条による公告決定後の補正は「明細書又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであってはならない。」(同条2項によって準用される126条2項)から、特許請求の範囲第1項に記載された構成のドクダミ臭の除去が「炭素源を加え」る構成によって行なわれると解すると、明細書の訂正により、新たな技術的事項が加わることとなり、実質上特許請求の範囲を変更することとなるから、ドクダミ臭の除去が「炭素源を加え」る構成によって行なわれると解すべきではない。
しかるに、審決は、「炭素源を加え」ることを必須要件として捉え、本件発明が特許法29条1項柱書の「発明」に該るとしたものであって、その判断は誤りである。
(2) 本件発明は化学的に不能な作用を前提としているから、これを実施することは不能である(取消事由2)。
本件特許の特許請求の範囲第1項の記載を技術的常識の上からみると、まず第1に酵母菌を加えることにより醗酵を行なわしめるということであり、第2に醗酵を行なわしめる対象は、生ドクダミ粉砕液状物(以下単に「ドクダミ搾汁液」という。)に炭素源(砂糖、蜂蜜等)を加えたものであること明白である。したがって、本件発明における生ドクダミ臭の除去すなわち脱臭は、<1>ドクダミ搾汁液に直接酵母が作用して醗酵が行なわれた結果脱臭されることによって行なわれるか、<2>炭素源に酵母が作用して生ずるアルコール醗酵の過程で生ずる何物かあるいはアルコール醗酵の結果生ずるアルコールとドクダミ搾汁液とが作用した結果脱臭されることによって行なわれるかのいずれかでしかないところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載では、2つの点のいずれであるか明らかでない。
しかしながら、<1>についていえば、そもそも、ドクダミ搾汁液が酵母菌と作用して醗酵が生じドクダミ臭が除去されることなどは化学的にあり得ないことは甲第7号証の2及び同第8号証で明確である。
生ドクダミ臭の主原因物質ラウリンアルデヒド及びその同族列化合物(アルデヒド)は酸化という化学反応でラウリン酸に変化することが脱臭の原因である。したがって、ドクダミ搾汁液と酵母が直接作用し醗酵が起こりその結果ドクダミ臭が除去されるということは自然法則を無視した化学上あり得ないことである。
次に、<2>についていえば、炭素源に酵母が作用して生ずるアルコール醗酵の過程でドクダミ搾汁液が脱臭されるかどうかということであるが、炭素源と酵母との作用で生成するのはエチルアルコールであって、このアルコールとドクダミ臭の主成分ラウリンアルデヒドとが反応して他の物質が生成され、脱臭効果が生ずるということは化学的にあり得ない(甲第14ないし第17号証)。
したがって、本件発明の構成によるドクダミ臭の除去は化学的にあり得ないから、本件発明は、実施不能である。
(3) 特許請求の範囲第1項のとおり実施しても、ドクダミ脱臭の効果は生じないから、本件発明は実施不能である(取消事由3)。
上記で述べたように、本件特許の特許請求の範囲第1項の記載の構成によるドクダミ臭の除去は自然法則を無視した化学上ありえないものであるが、同記載どおりに、ドクダミ搾汁液に炭素源を加え酵母を接種し、醗酵せしめる方法を実施したところ、ドクダミ臭は除去し得ず又ドクダミ臭の主原因成分であるラウリンアルデヒドが明らかに検出された(甲第14ないし第17号証)。
本件発明は、その名称に示すとおり、「ドクダミの脱臭方法」であり、「本発明の目的は新規なドクダミの脱臭方法を提供することである」と明記され(訂正公報67頁6行)又本件発明の実施例(a)について、「ドクダミ特有の臭気を全く有さない透明液体が得られた。」(訂正公報69頁9行ないし10行)と記載されている。実施例(b)及び(c)についても同様の記載がある。したがって、本件発明の目的は、ドクダミ臭を完全に除去することであって、ドクダミ臭を減少させることではない。そもそも「脱臭」の意味は、臭気を取り去ることであって、ドクダミ臭を減少せしめるだけでは足りない。したがって、上記証拠によれば、本件発明の特許請求の範囲第1項記載の方法を実施してもドクダミ臭の除去及びドクダミ臭の主成分であるラウリンアルデヒドが除去し得ないことは明らかである。
(4) よって、特許請求の範囲第1項に示す構成を実施すれば生ドクダミ臭が除去されるとした審決の判断は誤りである。
このように、本件発明は実施不能であり、特許法29条1項柱書にいう発明と認めることはできないから、本件特許は無効である。
第3 請求の原因に対する認否及び主張
1 請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であって、何らの違法はない。
2(1) 取消事由2について
特許法にいう発明は、自然法則を結果として利用するものであれば十分であり、本件発明についていえば、当業者が公告公報の特許請求の範囲第1項に記載された方法を実施した結果としてドクダミ搾汁液の脱臭ができればよいのであって、脱臭のメカニズムを云々する必要はない。訂正公報(甲第3号証)においても「ドクダミの脱臭方法における理論的背景は明らかでない」ことを明記したうえで「おそらく臭気の原因となるラウリンアルデヒドもしくはその同族列化合物などが酵母による醗酵過程において分解されるか、もしくは別種の化合物に転化されるものと考えられる」と記すにとどまるものである。
特許請求の範囲第1項に記載された「醗酵」とは、酒造業に携わる者が通常用いる意味の醗酵のことであり、エチルアルコールを生じる嫌気的醗酵のみを意味するものでなく、ドクダミ搾汁液に炭素源と酵母を添加し、醗酵条件においたときに起きる生化学反応を指している。いいかえれば、本件発明の醗酵工程は、ドクダミ搾汁液及び炭素源に酵母という微生物を関与(増殖)させるものであり、複数物質のアルコール醗酵と並行して、他に多数の既知又は未知の複雑な生化学的な反応が起こることは、当業者からみれば、当然のことである。要は脱臭により、有用な生成物を得ることにある。
原告は、本件特許の特許請求の範囲第1項に記載されている脱臭のメカニズムを請求の原因4(2)<1>及び<2>の2点と決めつけたうえで、それが技術的に誤りであると主張しているが、そもそも、かかるメカニズムの記載自体が同特許請求の範囲第1項にない。また、甲第7号証の2の結果からいえることは酸化によってドクダミ臭が除去し得るということのみであって、同8号証は単にドクダミ臭が酸化によって除去されることを確認するための実験方法に関する意見を述べたものにすぎない。
(2) 取消事由3について
<1> 甲第14号証から導かれる結論は、酸化(特に酸素添加による)によってラウリンアルデヒドが検出限界以下まで減少するという当然のことを確認したにすぎない。仮に、同号証の結論のとおり、長時間の醗酵過程・処理工程の期間中にラウリンアルデヒドが酸化されてドクダミ臭が脱臭されるのであったとしても、そのことから、本件発明の方法によって、ドクダミ臭の除去ができないということにはならない。本件発明は生ドクダミの粉砕に始まり醗酵後の混濁液の濾過に終わる時的要素をもった方法の発明であり、とにかくその方法によればドクダミ特有の臭気が除去できるというものであるから、方法を実施する手段が明確であり、作用効果が再現性をもって得られる以上、反応機構の理論的解明は、必ずしも問題にする必要はない。
甲第15号証も、ドクダミ青汁に酸素を添加すればラウリンアルデヒドが酸化されて不検出になるという当然のことを記載したものにすぎない。
甲第16号証から窺われるのは、ラウリンアルデヒドの含有量が必ずしもドクダミ特有の臭気の有無を決定してはいないこと、酸化、醗酵のいずれによってもドクダミ特有の臭気が減少することである。また、醗酵過程において脱臭が行なわれないことを化学的に根拠付ける記載は一切見られない。かえって、臭気++(強く匂う)が±(わずかに匂う)に変わったことが認められる。そもそも、+++又は++から±への臭気の変化は、極めて大きな変化であり、±の判定は、定量検査であれば測定限界ぎりぎりの値を意味する(乙第8号証、5頁(5)参照)。
甲第17号証に示される実験は、酸化防止剤を添加して醗酵を行なっており、本件発明の方法とは異なるのであるから、本件発明の実施の不可能性を立証するものではない。
<2> 本件発明は、特許請求の範囲第1項記載の方法を実施した結果として、脱臭の効果が生じていればよいのである。そして、本件発明における脱臭の意味は、全く無臭にすることを必要とするものではない(乙第4号証、2頁(4))。これによって、一般人が違和感なく飲めるドクダミ飲料を提供するという本件発明の目的からして、飲料としての適性を損なうドクダミ特有の臭気を除去すると解すべきである。また、本件発明の特許請求の範囲第1項記載の工程を行なえば、アルコール飲料が不可避的に生じることは明白なことであるから、本件発明における脱臭の意味は飲料としての適性を損なうドクダミ特有の臭気を除去することと解すべきであって、これを厳格に無臭、除臭の意味に解する必要はない。
(3) したがって、審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(特許請求の範囲第1項の記載)及び同3(審決の理由)は、当事者間に争いはない。
2(1) 本件発明の目的
当事者間に争いのない特許請求の範囲第1項の記載及び成立に争いのない甲第2及び第3号証(本件特許出願の出願公告公報及び訂正公報)によれば、本件発明は、ドクダミの脱臭方法、特に醗酵を利用するドクダミの脱臭方法に関すること、ドクダミは古来より十薬(重薬)の名で知られ、その薬効については既に種々の漢方薬に関する書物に記載されており、また特有の臭気を持つことも良く知られており、また、ドクダミを内服用として使用する方法としては生薬のジュースもしくは全草を開花前に採集し、乾燥したジューサイとして知られるものを煎服することが知られていること、ドクダミは前記の如く優れた薬効を有し、かつ安全性ある民間薬であるにもかかわらず、その特有の臭気のために飲用しにくく、しかも貯蔵安定性の点においても劣っており、さらに、陰干しして乾燥したものは臭気をもたないが、服用に際し長時間湯煎しなければならず、手間がかかり、利用しにくかったこと、そこで、本件発明は、新規なドクダミ特有の臭気の脱臭方法を提供し、貯蔵安定性の優れたドクダミ飲料を提供することを目的として特許請求の範囲第1項に記載された構成を採用したことが認められる。
(2) 本件発明の効果
<1> 前掲甲第3号証(証公報)によれば、本件発明の方法により得られる製品はドクダミ特有の臭気を有さず、赤味もしくは橙色がかった透明液体であり、一般の醗酵工業において通常行なわれているように加熱殺菌処理した後、密閉可能な容器に詰めて貯蔵すると、発明者の経験では6年後でも安定であったこと、添加物の酵母によるアルコール醗酵で最終製品中にアルコールが含まれ、製品中にアルコールが含まれていることは、ドクダミの有効成分、例えばクエルシトリン、ミルセンなどの殆どが水不溶性もしくは難溶性であることから好ましいし、アルコールの存在に基づき貯蔵安定性も増大することが認められる。
<2> 原告は、取消事由3において、本件発明の目的はドクダミ臭を完全に除去することにあると主張するので、併せてこの点について検討すると、前掲甲第3号証によれば、訂正公報には、「ドクダミを醗酵させることにより、その特有の臭気を除去」(67頁4行)、「本発明により得られる製品はドクダミ特有の臭気を有さず、」(同頁36行)、「ドクダミ特有の臭気を全く有さない透明液体を得た」(69頁10行)、「ドクダミ特有の臭気を有さない透明液体を得た」(同頁14行ないし15行)、「各製品はドクダミ特有の臭気を有さず、」(同頁20行)との記載があることが認められるが、ドクダミから臭気そのものを全く除去し、これを完全な無臭状態とするとの趣旨の記載は認められない。そして、本件発明の目的が前記(1)で判示したとおり、ドクダミが優れた薬効を有し、かつ安全性ある民間薬であるにもかかわらず、その特有の臭気のために飲用しにくく、しかも貯蔵安定性の点においても劣っていたという欠点を克服して、ドクダミを脱臭して、貯蔵安定性の優れたドクダミ飲料を提供することからみて、前記各記載における「ドクダミ特有の臭気」とは、飲料としての適性を損なうドクダミ特有の臭気、すなわち異臭を意味するものと解するのが相当である。そうすると、本件発明の目的はかかる意味での「ドクダミ特有の臭気」を除去することにあり、たとえ、醗酵の結果得られた液体がドクダミを原料としていることが窺われる程度にドクダミ臭が残っていても、醗酵前のドクダミ搾汁液と対比して、一般人が違和感なく飲用することができる程度にドクダミ臭が減少していれば、本件発明の目的であるドクダミ特有の臭気の除去が達成されたと認めるべきである。前掲甲第3号証によれば、かかる意味での脱臭効果を奏しているものと認めることができ、また成立に争いのない乙第3号証の1ないし3(和田衝作成の「ドクダミ酒の製造方法について」と題する書面、酒類製造免許通知書、酒類製造内免許申請書)によってもこれを裏付けることができる。
原告は、本件明細書に「脱臭」と記載されていることを捉え、本件発明はドクダミの完全無臭化を目的とするものである旨主張するが、成立に争いのない乙第4号証(聖マリアンナ医科大学講師宮尾興平作成の意見書)によれば、食品業界では「脱臭」とは無臭化だけでなく、一般に不快な臭いを不快でない臭いに変えることをも意味するものとして用いられていることが認められるから、単に「脱臭」と記載されているからといって、直ちにこれを無臭化と理解するのは早計であり、結局明細書全体の趣旨から脱臭の意義を把握する必要があり、かかる見地から検討すれば、脱臭の意義を上記のように解するのが相当である。
3 原告主張の審決の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1について
前掲甲第2号証(出願公告公報)によれば、補正前の明細書の発明の詳細な説明には、実施例(a)には、ドクダミ搾汁液自体を、(b)には、ドクダミ搾汁液と砂糖を、それぞれ数日間保温室で保持するとドクダミ臭がなくなること、実施例(c)には、実施例(a)、(b)の培地に、酵母を接種して数日間保温室で保持するとドクダミ臭がなくなること、実施例(d)には、ドクダミ搾汁液と蜂蜜又は水アメを用いて培地とし酵母を接種して数日間保温室で保持するとドクダミ臭がなくなることが記載されている(4欄28行ないし5欄13行)ことが認められる。上記記載によれば、補正前の明細書に、ドクダミ搾汁液あるいはドクダミ搾汁液に炭素源(砂糖)を加えた混合物を単に数日間保温室で保持してドクダミ臭を除去できるとした例と、ドクダミ搾汁液に炭素源を加え酵母を接種して数日間保温室で保持してドクダミ臭を除去できるとした例が記載されていることが認められるが、炭素源を添加しなくてもドクダミ臭が除去される例(a)があるからといって、ドクダミ搾汁液に炭素源を添加して酵母とのアルコール醗酵をなさしめた例(c)及び(d)において、ドクダミ臭が除去できたのであるから、炭素源を添加した醗酵工程で脱臭が行なわれたものと認めて差し支えない。したがって、上記実施例(a)は、発明者自身、炭素源の添加による酵母との醗酵工程はドクダミ臭の除去には関係がないことを自認していることを示すものとはいえない。さらに、前掲甲第2号証によれば、補正前の明細書の発明の詳細な説明には、「本発明の方法においては、更に添加物として、砂糖、水アメ、蜂蜜等の炭素源を使用することができる。」(67頁2欄26行ないし28行)旨記載され、上記のとおり、実施例(b)、(d)として炭素源を使用したものが記載されていることが認められるから、「炭素源を加え」るとの技術的事項は補正前の明細書に開示されていたものと認められる。また、前掲甲第2、第3号証によれば、本件発明の具体的目的は、補正前、補正後のいずれの明細書の発明の詳細な説明の記載によっても、「ドクダミの脱臭方法、特に醗酵を利用するドクダミの脱臭方法」を提供するものであると認められるから、本件発明の具体的目的に変更はなく、補正により、特許請求の範囲第1項に「炭素源を加え」る構成が付加されても、かかる補正は発明の具体的な目的の範囲内における技術的事項の減縮的変更として、特許請求の範囲の実質上の変更に当たらないことは明白である。したがって、特許請求の範囲第1項の構成の解釈に当たって、同項記載の「炭素源を加え」の部分を必須要件として捉えて本件発明の技術的意義を把握すべきであり、この点に関する原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
特許法にいう「発明」は、自然法則を結果として利用するものであれば足り、学術的な意味において正確かつ完全な自然法則の認識は必要ではなく、その利用によって一定の効果が奏せられれば、発明は成立する。すなわち、一定の手段により常に一定の効果を達成するものであればよくそれがいかなる化学的作用に基づくものかを解明することは、発明の成立にとって必要なことではない。しかして、前記2(2)<2>のとおり、本件発明の目的はドクダミ臭を完全に除去することにあるのではなく、飲料としての適性を損なうドクダミ特有の臭気、すなわち異臭を除去するにあり、本件発明は特許請求の範囲第1項記載の構成により上記目的に沿う効果をもたらすものと認めることができるものであるから、本件発明の成立について、それがいかなる化学的作用に基づくものであるかを問題にする必要はないものというべきである。
その意味でこの点に関する原告の主張はそれ自体失当というほかないが、一応その主張に即して判断する。まず、原告主張の<1>の作用は、上記のとおり本件発明の必須要件である炭素源添加を除外しており、本件発明によるドクダミ脱臭がかかる作用に依拠するものでないことは明らかである。次に、原告主張の<2>の作用について検討すると、本件発明は特許請求の範囲第1項記載のとおり、(イ)生ドクダミを粉砕して液状物を得、(ロ)該液状物に炭素源を加え、(ハ)これに酵母菌を接種し、(ニ)醗酵させ、(ホ)得られる混濁液を濾過する、という複数の工程より成るのであるが、かかる複数の工程を経る間に、種々の原因により種々の化学的反応が生起し、それらが複合した結果として前記のような脱臭効果が奏せられものと認めるのが相当であるから、上記効果が原告主張の<2>の作用に依拠するものということはできない。
よって、原告主張の取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3について
原告のこの点に関する主張は、本件発明の目的がドクダミから臭気を除去し完全な無臭状態とすることにあることを前提とするものであるところ、この主張が採用し得ないものであることは、前記2(2)<2>において述べたとおりであるが、原告提出の成立に争いのない甲第14ないし第17号証により、果して、本件発明が前記2(2)<2>に認定した意味での脱臭効果を奏し得ない実施不能のものか否かについて検討する。
<1> 甲第14号証(東洋大学工学部教授赤星亮一作成の鑑定書)について
同鑑定書の表2(7頁)にドクダミ搾汁液A(新鮮なドクダミ草を洗浄し脱水し破砕し搾汁したもの)、醗酵終了液B(ドクダミ搾汁液Aに蜂蜜及び酵母を添加して醗酵させた後加熱処理したもの)、ドクダミ搾汁液C(ドクダミ搾汁液Aを加熱殺菌したもの)、ドクダミ搾汁液D(ドクダミ搾汁液Cを冷却し酸素を添加したもの)、酸化熟成搾汁液E(ドクダミ搾汁液Dを醗酵させた後加熱処理して醗酵を停止させたもの)(1頁)の成分検査及び官能検査の結果が記載されているが、記載された結果によれば、酸化処理したD及びEについて生ドクダミ臭はせず、ラウリルアルデヒド(ラウリンアルデヒドと同じと認められる。)は検出されなかったが、酸化処理されない醗酵終了液Bについても、ラウリルアルデヒドの捕集量は0.060(mg/ml)、官能検査は生ドクダミ臭残存であって、ドクダミ搾汁液Aのラウリルアルデヒドの捕集量0.208(mg/ml)、官能検査の強い生ドクダミ臭から、上記の程度に、醗酵の過程を終了することによって、ラウリルアルデヒドが減少し、生ドクダミ臭も軽減されたことが認められる。
ところで醗酵終了液Bは、ドクダミ搾汁液に炭素源(蜂蜜)及び酵母を添加して醗酵させたものであるから、本件発明の方法により得られたものに相当すると認められ、そのラウリルアルデヒドの捕集量からみて、同鑑定書は、本件発明の方法によってドクダミ特有の異臭が除去されるという効果を奏することを示すものである。
さらに、同鑑定書の「10.鑑定結果」の、「長時間の醗酵工程、処理工程の期間中にラウリルアルデヒドが酸化されてドクダミ臭が消滅するのである。」(8頁4行ないし6行)旨の記載によれば、醗酵工程が結果としてドクダミ臭の消滅に寄与することを示していることが認められる。もっとも、同鑑定書の「10.鑑定結果」(7頁)には、ラウリルアルデヒドは空気等の通気で容易に酸化し無臭化するのであり、醗酵工程中にラウリルアルデヒドの特有臭気が消滅するのは、ラウリルアルデヒドが酸化されてドクダミ臭が消滅するのであって、醗酵作用によるものではない旨の記載があるところ、この記載は、ドクダミ臭の消滅がいかなる作用によるものであるかを学術的見地から述べたものと認められる。しかし、この記載が醗酵工程のドクダミ臭の消滅への寄与を認めた同鑑定書の上記8頁4行ないし6行と整合するものであるか否かについて疑問があるし、前記のとおり、本件発明の目的がドクダミの完全無臭化にあるものでないことに鑑みれば、この記載にもかかわらず、上記鑑定結果は、本件発明の方法によるドクダミ特有の異臭の除去の効果を否定し得ないものというべきである。
<2> 甲第15号証(原告製造部次長高橋政隆作成の試験結果報告書)について
ドクダミ搾汁液であるサンプル<1>とサンプル<1>にレンゲ蜂蜜24重量%添加し、さらに、酵母を加えて醗酵させたアルコール分10パーセントのドクダミ醗酵酒であるサンプル<3>(サンプル<3>は、本件発明の方法により得られたものに相当すると認められる。)の分析結果が同報告書の表2(4頁)に記載されているが、サンプル<1>に比べてサンプル<3>のラウリンアルデヒドの含有量が大幅に減少している(3.0ppmから0.7ppm)ことが認められる。しかし、サンプル<3>に生ドクダミ臭が明らかに感知された(4頁14行ないし15行)旨の記載がある。これについては、前掲甲第16号証(山梨大学工学部付属発酵化学研究施設助教授篠原隆作成の鑑定書)によれば、ラウリンアルデヒドは1~2mg/lの濃度で識別が可能であることが記載されている(8頁27行ないし28行)ことが認められ、上記分析結果の記載によれば、サンプル<3>のラウリンアルデヒドの含有量の0.7ppm(=0.7mg/l)は識別可能濃度以下であるので、サンプル<3>で感知された生ドクダミ臭はさほどのものではなかったと推察されるところ、前記のように、本件発明の目的は、ドクダミの完全無臭化ではなく、飲料としての適性を損なうドクダミ特有の臭気の除去にあるのであるから、この分析結果も本件発明の方法によるドクダミ脱臭の効果を示すものであるということができる。
もっとも、上記分析結果について、同報告書には、「その分析結果としてラウリンアルデヒドが0.7ppmの値が得られたことは、発酵によってはドクダミ搾汁液における生ドクダミ臭の脱臭除去は行われないことが明らかとなった。」(4頁15行ないし17行)と記載されているが、この記載は、醗酵によっては完全な無臭化を実現できないことを示したにすぎず、本件発明の前記のような目的に照らし、この記載が本件発明の方法による脱臭効果を否定するものと認めることができない。さらに、同報告書には、「発酵の化学的定義からも判るように、無酸素状態において発酵を進めると、酵母の呼吸が進行し、容易に糖を分解してアルコールを生成せしめるわけであるが、実際にタンク内での発酵では、少なからず酸素の影響があり、これによる酸化の進行も当然考えられ、…。従って、もしも完全に酸素を遮断して発酵を行わしめることが可能であれば、発酵法によるドクダミ発酵酒ではサンプル<3>の分析値とは比較にならない程高い値のラウリンアルデヒドの検出があるものと考察される」(4頁18行ないし5頁5行)と記載されていることが認められる。この記載は、醗酵の化学的定義からみて本来醗酵は無酸素状態で行なわれるべきものであるが現実には完全に酸素を遮断することなく醗酵工程が行なわれていることを認めるものであって、上記試験もかかる醗酵工程において行なわれたものであることは上記記載自体から明らかであり、本件発明もかかる醗酵工程において行なわれるものと推認されるのであるから、かかる現実の醗酵工程を前提とする限り、本件発明はその目的とするドクダミ脱臭の効果は奏し得るものと認めることができる。
<3> 甲第16号証(山梨大学工学部付属発酵化学研究施設助教授篠原隆作成の鑑定書)
同鑑定書の表1(3頁)、表2(5頁)及び表4(7頁)によれば、ドクダミ搾汁液S-1の試料のラウリンアルデヒドの含有量は3.1mg/l、ドクダミ臭気が++(強く匂う)であったところ、ラウリンアルデヒドの含有量はアルコール醗酵によって0.9~1.0mg/l、ドクダミ臭気が±(わずかに匂う)に低下した結果が記載され、これについて鑑定結果に「発酵工程において生ドクダミ特有の臭気がある程度、除去されることがありうると判断される。」(11頁30行ないし12頁1行)との見解が記載されていることが認められる。
したがって、上記鑑定書によって、醗酵工程においてドクダミの臭気が除去されることが認められる。
<4> 甲第17号証(原告製造部部長高橋政隆作成の分析試験結果報告書)について
同報告書は、酸化酵素及び空気中の酸素による酸化を防ぎながら醗酵をさせた場合に、ドクダミ特有の臭気成分ラウリンアルデヒドは脱臭されるか否かを試験することを目的として(1頁5行ないし8行)、酸化防止剤を添加して(同頁14行ないし15行)行なわれた試験の結果を報告するものであるから、本件発明の方法とは異なる方法であり、その結果をもっては、本件発明によりドクダミ臭の除去ができないことを立証することはできないものである。すなわち、本件発明の特許請求の範囲第1項記載の構成においては酸化防止剤を添加する工程は含まれていないのであるから、同報告書の試験の結果をもって、本件発明によりドクダミ臭の除去ができないことを立証するものということができない。
<5> このように、原告提出の甲第14ないし第17号証によっても、本件発明によるドクダミ脱臭効果を否定することはできないから、取消事由3も理由がない。
(4) 以上のとおり、原告主張の審決の取消事由は、理由がなく、本件発明はドクダミ脱臭、すなわち飲料としての適性を損なうドクダミ特有の臭気除去の効果を有し、産業上利用できるものと認められるから、特許法29条1項柱書の発明ということができるのであり、審決には原告主張の違法はない。
4 よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 押切瞳 裁判官 田中信義)
平成2年審判第3172号
審決
山梨県東山梨郡勝沼町菱山4730
請求人 山梨薬研 株式会社
東京都港区北青山3-6-18 共同ビル7階75
代理人弁理士 板井一瓏
東京都港区虎ノ門5-3-20仙石山アネックス410
被請求人 坂口博司
東京都手代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 中村稔
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 大塚文昭
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 串岡八郎
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 宍戸嘉一
東京都千代田区丸の内3-3-1 新東京ビル6階 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 竹内英人
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 今城俊夫
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 小川信夫
東京都千代田区丸の内3丁目3番1号 新東京ビル 中村合同特許法律事務所
代理人弁理士 村社厚夫
上記当事者間の特許第1435445号発明「ドクダミの脱臭方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ.本件特許第1435445号(昭和54年6月23日出願、昭和63年4月7日設定登録。)の要旨は、明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された以下のとおりのものと認める。
「生ドクダミを粉砕して液状物を得、該液状物に炭素源を加え、これに酵母菌を接種し、醗酵させて得られる混濁液を〓過することを特徴とする、ドクダミの脱臭方法。」
Ⅱ.これに対し、請求人は、本件特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め、その理由として、本件発明は、特許法第29条柱書にいう発明に該当しないものであり、本件特許は同法第29条の規定に違反してされたものであるから無効とすべきものであると主張し、証拠方法として甲第1-10号証を提出し次のように述べている。
すなわち、甲第1号証(本件特許出願の願書に添付した明細書、甲第2号証(本件特許出願の明細書の補正に係る昭和54年9月10日付手続補正書)、甲第3号証の1(同昭和55年9月8日付手続補正書)、同2(本件特許公告公報である特公昭59-7692号公報。)、同甲第4号証の1(本件出許出願の明細書の補正に係る昭和60年1月7日付手続補正書。)、同2(本件訂正特許公報。)に記載されている、出願から登録査定に至るまでの特許請求の範囲の変更経緯だけからでも判るように、本件発明の課題は生ドクダミの脱臭に関することにあり、本件で開示したその課題解決方法はドクダミを酵母菌あるいはドクダミに含有する自生菌によつて発酵させることにより、ドクダミ特有の臭気を除去することであつて、これが特許特許出願人が“発明”として認識しているものであり、このことは甲第3号証の2の第2欄12行~16行、甲第4号証の2訂67頁4-6行の記載、甲第3号証の2第3欄29-30行、甲第4号証の2訂67頁下16行-17行の記載、甲第3号証の2第4欄第5-10行、甲第4号証の2訂67頁下から6-8行の記載からも明らかなところである。
そして、請求人は、本件発明の課題解決方法が上述のようにドクダミに酵母菌を加え酵母菌によつて発酵させることにより除去されるものであると認定した上でドクダミの特有の臭気がドクダミを酵母菌で発酵させることによつて除去できるという自然法則はなく、本件発明の技術思想は自然法則を無視したもので、本件発明は実施不能な方法である旨主張し、その説明として以下、概略<a>-<c>のことを述べている。
<a>ドクダミの臭気はラウリンアルデヒドもしくはその同族列化合物に起因し、臭気の主体成分であるラウリンアルデヒドは酸化によりラウリン酸となり特有臭気がなくなる〔甲第4号証の2、訂67頁第2-3行、甲第5号証(「世界有用植物事典」平凡社発行(1989年)、Houttuyniaの項。)、甲第6号証(丸田鐙二朗著 「有機化学基要」三共出版株式会社発行(1975年)第106頁)、甲第7号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典9」共立出版株式会社発行(1964年)第503頁〕
一方、発酵について考えると、本件特許明細書には「添加物を使用した場合、添加物の酵母によるアルコール発酵も同時に起こる」と記載されているが(甲第4号証の2 訂67頁第31行)、アルコール発酵は甲第8号証(植村定治郎外1編「発酵と微生物Ⅱ」朝倉書店発行(1970年)第148-149頁)に示すとおり嫌気的条件(無酸素状態)において行われるということであり、上記アルデヒドによる酸の生成と相反する。
<b>本件特許明細書では、「臭気の原因となるラウリンアルデヒドもしくはその同族列化合物などが発酵過程において分解されるかもしくは別種の化合物に転化されるものと考えられる」と記載しているが、「発酵過程にむいて云々」という以上酵母菌とラウリンアルデヒドが作用するという前提に立つわけであるが、このような事実が認められる化学的根拠はない。
<c>本件発明がドクダミ特有の臭気が発酵により除去できるかにつき専門学者2名の鑑定を各々求めた結果が、甲第9号証の2(農学博士 大澤貫寿作成の鑑定書、甲第10号証(東洋大学応用化学科教授 赤星亮一作成の意見書)であるが、大澤博士は、実験的にドクダミの主たる臭気成分ラウリンアルデヒドは発酵によつて消失するのではなく、酸化により除去されることを確認している。
Ⅲ.そこで、上記請求人の主張について検討する。
(1) 本件出願時およびその後登録査定に至るまでの間に補正された各特許請求の範囲の記載について検討しても、特許請求の範囲の記載自体からは、請求人の主張するように、本願発明はドクダミを酵母菌あるいはドクダミ特有に含有する自生菌によつて発酵させることにより、ドクダミ特有の臭気を除去させることを要件とするものとは理解できない。
本件特許明細書を見ると、その詳細な説明の項には、請求人の指摘するように「ドクダミを発酵させることにより」という記載(訂正特許公報、訂67頁第4-6行参照)はあるものの、他にそのような記載は見当らず、本件特許明細書全体の記載、たとえば「本発明のドクダミの脱臭方法における理論的背景は明らかではないが、おそらく臭気の原因となるラウリンアルデヒドもしくはその同族列化合物などが酵母による醗酵過程において分解されるか、もしくは別種の化合物に転化されるものと考えられる。」という本件特許発明の脱臭方法の理論的背景についての説明の記載(訂67頁下6-4行)からみても、本件特許発明の発明者は脱臭方法の確定的なメカニズムを認識していたものとは認められず、ましてや上記請求人の主張するようなものを脱臭方法の確定的なメカニズムとして認識していたとは認められない。さらに、請求人が指摘する本件特許明細書の詳細な説明の項の他の記載を検討しても、その主張を裏付ける根拠はない。
(2) 次に前記<a>~<c>について検討すろ。
<a>について
この点の主張は、ドクダミ臭の脱臭はラウリンアルデヒドが酸化されてラウリン酸になることによるものであることを前提としたものであるが、本件特許請求の範囲の構成を採用したときに前記両反応が生ぜず、その結果本件発明において脱臭されることがないことの具体的証拠は何ら提示されていないので、この主張は、さらに詳細に検討するまでもなく採用できない。
<b>について
前述のように請求人の指摘する箇所の記載は、本件特許発明の脱臭方法のメカニズムを確定的なものとして述べているのではなく、さらにその推察されたメカニズムによつても請求人の主張するように酵母菌とラウリンアルデヒド等が作用するということを述べているものとも認められない。
しかも仮りに推察された脱臭のメカニズムが誤つていたとしても、そのこと自体によつて発明の実施が可能でなくなるといつたものでもない。
<c>について
大澤博士の実験、考察及び赤星教授の考察は、アルコール発酵過程が何ら関与しない系において単にラウリンアルデヒドがラウリン酸になり臭気がなくなることを確認又は考察したものであつて本件発明において上記発酵過程が実質的に何も関与せず、その実施が不可能なことを示すものとは認められない。
以上<a>~<c>の事項を検討しても、前記審判請求人の主張は採用することはできない。
しかも、本件特許明細書の実施例の記載からみても、本件特許発明はその所期の効果を奏していることは明らかである。
Ⅳ.したがつて、本件特許発明は、甲第1~10
証の記載を検討してもその実施が不可能なものとは認められず、請求人の主張及び証拠方法によつては本件特許を無効とすることはできない。
よつて、結論のとおり審決する。
平成3年2月14日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)